司法書士・宅地建物取引士・1級FPの鈴木美穂です。
これまで銀行員、不動産仲介業者、司法書士それぞれの立場から不動産・相続の現場を見てきた自身の経験からお伝えしていきます。
売るつもりだったのに・・・
「老人ホームに入るときは、自宅を売ったお金で」
でも、実際には予期せぬタイミングで病気や怪我により入院し、自宅に戻ることなく老人ホームへ。
売却どころか、自宅には家財がたくさんあり、離れたところに住む子供も困り果てる。
その間も庭の木の枝は伸びる、固定資産税もかかる、マンションなら管理費・修繕積立金が毎月引き落とされる。
売ると決めた後も、家財の処分が先か、不動産屋さんに相談するのが先かと悩んでいるうちに時間だけが経ち、本人は不動産売却という法律行為などできないほど認知症が進行してしまった。
…これ、本当によくある話です。
認知症になると不動産は売れないのか
認知症も程度によるが、意思能力(判断能力)がない者がした法律行為は無効 。(民法第3条の2)
つまり、当事者に判断能力があるかどうかを、宅建士や司法書士など、関与する専門職は確認して業務を進めなければならない。
のちのち裁判沙汰になるのは御免だ。
ここで、ご高齢の方にありがちではあるのだが「はい」「はい」といった対応だけをされてしまうと、司法書士としてはかなり悩ましい。
場合によっては、医師の診断書を提出してもらったり、「長谷川式簡易知能評価スケール」などの方法で認知症の程度をチェックをする司法書士もいる。
判断能力がないと判断したら手続き中止を告げることもある。
こうならないために、昨今、「元気なうちに家族信託(民事信託)や、任意後見契約を契約しておきましょう。」という話はテレビでも報道されることが増えてきた。
意思能力喪失後の売却方法
では、何もしないまま認知症になってしまった冒頭事例のようなケースの売却方法は。
1.家庭裁判所に後見開始の申立てをし、成年後見人が家庭裁判所の許可を得たうえで売却
2.本人が亡くなった後に相続登記をしたうえで売却
成年後見人による居住用不動産の売却
家庭裁判所に後見開始の申立てをし、成年後見人が選任されるまで2~3か月、家庭裁判所から居住用不動産の売却許可を得るために、さらに1~2か月。
しかも現行法では、本人の判断能力が改善しない限り、亡くなるまでずっと成年後見人は存在する。
希望した家族が成年後見人として選任されれば良いが、資産の状況によっては家庭裁判所によって家族ではない弁護士や司法書士が選任されることも多い。
家族の資産を他人に管理される。
成年後見人による資産の管理や、家庭裁判所による居住用不動産の売却許可は、「一族にとって必要か」という観点ではなく「『本人にとって』必要か」、「本人にとって損のない価格で売買されるのか」といった観点ではかられる。
仮に認知症のまま5年間生き、月々3万円の報酬を成年後見人に支払うとすると、成年後見人に対する報酬は総額180万円にもおよぶ。
後編では認知症になった場合の銀行取引について触れる。
今回の執筆者
鈴木美穂司法書士事務所 代表司法書士
宅地建物取引士
1級ファイナンシャル・プランニング技能士